すべては鍋割山でのステーキから始まった
大人になってから初めて登った山は、鍋割山でした。
当時ライザップで鍛えられた太ももが、「アンタ、山に登れるんちゃう?」と私にささやいたので、なんとなく知り合いに声をかけて、連れていってもらったのです。
鍋割山といえば山頂での鍋焼きうどんが有名ですが、ライザップ中で炭水化物を避けたい私のために、ステーキを用意してくれた長谷川さん、池ちゃん、本当にありがとう。
当時の私にとって、山の上でフライパンが出てきて調理して食事がとれるということは、驚き以外の何物でもなく、何かのマジックショーでも見てるんじゃないかと思ったものでした。
山に登って美味しいものを食べるのって楽しい!
そう思った私は、「次はすき焼きが食べたい!」と図々しくリクエストをしたわけです。
そして塔ノ岳すき焼き山行が決行されましたが、当時(2017年2月)は、どこの登山口から登っているのかもわからないくらい、連れて行ってもらっているだけの私でした。
すき焼きマジうまかった。ホントありがとう。
楽しいだけじゃ物足りない
そんな十分に楽しい経験をしても、今ほど山にどっぷりハマるということはありませんでした。
楽しいけれど、ステーキ、すき焼き、次は?と思ったときに、私の乏しいアウトドアクッキングスキルでは何のアイディアも思いつかず、転勤も重なって、なんとなくそのままになっていきました。
ところが、この転勤先が山梨で、さらにどっぷりハマっていくきっかけのひとつになったのです。
そして2017年11月、東京での会議後の飲み会に参加してへべれけになった私は、「明日はひとりで山へ登ってみよう」という思いを胸に抱いて、かろうじてあずさで山梨へ帰りました。
そして二日酔いMAXの翌朝、私は大それたことに、午後から大弛峠を目指すのです。
ヘッデンを忘れたまま・・・。
ヘッデンなしの日没金峰山
いくつかの一般登山道を歩き、そろそろ自分で計画を立てて一人で登山に行ってみようと思い始めたその頃、モンベルで手ごろなヘッデンも購入し、明かりがあれば夕暮れ時でも歩けるだろうと、高を括っていました。
大弛峠からの金峰山は、コースタイムで往復わずか4時間半。
午後2時から歩いても、山頂には日没前に到着するし、少しくらい暗くなってもヘッデンで下山すればいい。
そう思って家を出てから1時間ほど車を走らせた後で、ヘッデンを忘れてきたことに気づきました。
でも戻ったら、今日はただのドライブで終わってしまう。
暗いったってなんとか歩けるだろうとかなんとか思いつつ、山に行きたい気持ちに勝てずに、心細い思いで大弛峠へとRX-8のアクセルを踏むのでした。
そんな「おいおいまだ酔ってんのかよ」な軽~い考えで大弛峠から歩き始めた私の姿を、すれ違う下山の人たちは不思議に思いながら見たことでしょう。
そして午後4時、薄暮の金峰山頂に到着します。
初めてひとりで登山しておきながら、山頂で日没。
それまでの登山道とは違って急に周囲に高い木がなくなり、大きい岩がゴロゴロしているのを飛び石のように歩く山頂付近は、隙間に足をとられて骨折して動けなくなったらどうしようとか、ネガティブな想像をさせるのに十分でした。
下界に広がる街の明かりを見て、「もうあそこに帰れないかもしれない」という思いにかられ、不安、恐怖、焦りなど、まるで最後に希望が残っていないパンドラの箱を開けてしまったような気持ちになって、文字通り逃げるように下山を始めました。
ただでさえ11月は日が短いのに、樹林帯はより一層暗く、明かりがなければ自分の手すらも見えない暗闇。
こんなに暗いとは思わなかった・・・市街地の夜とはわけが違う・・・何か獣が出てきたらどうしよう・・・そもそもこっちの方向に歩いて大丈夫なのかな・・・。
スマホのライトとプロトレックのコンパスを頼りに、どうにか大弛峠に戻ったのが午後6時。
駐車場の街灯が見えた時は、涙ぐむほどに、心底ほっとしました。
危険だから、辛いから、楽しい
こんなアホなことをやって怖い思いをしたわけですが、思い返せばこの時が、ひとつの大きなターニングポイントになった気がします。
もし登山が100%安全で楽しいだけだったら、きっと今ほど山や沢の虜になってはいなかったでしょう。
この後も登山人生においても、数々のひどい目に遭ってきました。
暴風雨の大キレットで命の危機を感じたり、不眠で24時間歩いたり、滝から落ちてひどく足を痛めたり、猛烈なやぶ漕ぎで心折れたり、本当にたくさんの泥にまみれてきました。
でも、それらの全てが、とても大切な思い出なのです。
でもマネはしないでね
いわれなくてもマネせんわ!
と思いますが、念のため。
たまたま無事に帰ってこられただけで、暗い中で足元を踏み外してたら重傷を負って、動けなくなってしまったかもしれません。
行程は時間に余裕をもって、早出早着、ヘッデン必携など、当たり前すぎますね。
今なら夜中でも平気だし、山頂で日没したってそのまま野宿できますから、同じことをやってもスキルや経験によって感じ方もかなり異なります。
なんなら数年後、諸事情により前穂高岳の山頂で日没を迎えたこともありましたが、夕焼けは美しく、
「あ、パタゴニアのロゴみたい」
と呑気に思いつつ、重太郎新道をヘッデン下山かぁ、ぐらいにしか思っていなかったこともありました。
で、24時間歩く羽目になったこともありましたが、それはまた別のお話で・・・。
世の中には山行記録があふれにあふれていますが、簡単そうに見えて、行ってみれば「だまされた!」と思うような辛いものもあるでしょう。
どうぞお気をつけて、ドMな山ライフをお楽しみくださいませ。