前穂北尾根 密着24時!

一泊三日の第一日目

これは、幻覚を見ながら24時間歩き続けた3人の、一泊三日にわたる熱い記録です。

そう、それは2022年9月のこと。
我々はなんとなく、前穂北尾根をやることにしました。
ド定番のバリエーションルートだし、一度は行っとくか、ぐらいの気持ちだったと思います。

スタート地点は上高地バスターミナル。
相変わらず、河童橋周辺は観光客でにぎわっていました。

初日は涸沢まで行けばOKという、スーパーらくちんスケジュール。
急いで駆け上がるよりも、ゆっくり寄り道しながら過程も楽しみたい。
そんな時、決まって寄るのは「嘉門次小屋」。
地図によれば、河童橋から約1時間歩きます。
我々の場合は、ゆっくり歩いて45分、急げば30分です。

囲炉裏で焼いたイワナを頂けます。
炭火でじっくり焼かれたイワナは、頭からしっぽまで丸ごと食べられます。

朝8時半から営業していますので、イワナでモーニングです。
岩魚定食1800円也。
くぅ~、骨酒で一杯やってみたい!

さっさか歩いて涸沢へ。
本日の歩行距離16.8㎞、行動時間は6時間足らず。
余裕しかありません。

さぁ!初日の宴会!
まだ15時半、夜は長い!
と浮かれていた私を、殴ってやりたい。

高速で飲む姿は、高性能なiPhoneのカメラでも捉え切れないようです。

この日は涸沢ヒュッテ泊。
ロープやガチャ類に加えて、幕営装備まで担いで北尾根を登りたくないなーという、ぬるいパーティーですみません。
もう厳しいことに挑戦して己の限界に挑むような、そんなエネルギーのある年齢じゃないんです。
小屋のお食事を、ありがたく頂きます。
とても食べきれず、仲間に押し付けました。

そして夜は更けていきます。
明日は早朝から歩くのだから、起きたら負け大会を開催するわけにはいきません。
飲むのはほどほどで切り上げて、早めに床に就く、ということはありませんでした。

不眠の2日目

翌朝は5時に出発です。
外はまだほの暗いので、ヘッデンで5・6のコルに向かいます。
あー、ゆうべも飲みすぎた。

月明りの中、ガレた斜面を登る。
遠くから見るとすごい急斜面に見えましたが、普通に登っていけます。
でもちゃんと疲れます。

夜が明け始めます。
この時の私たちは、次の夜明けまで歩き続けることになろうとは、夢にも思っていませんでした。
夜明けが美しいなぁ。

コルはまだまだ遠い。
コルまでは、結局2時間ほどかかりました。

だいぶ登ってきて、涸沢ヒュッテを見下ろす。

「うっ、俺のギアラが・・・っ」

どうやら一名、おなかの調子が良くない模様。

足元はとても不安定で、波乗りでもしてるかのよう。
誰からともなく歌い始める、Surfin’ USA。
毎度のことながら、くだらないことを言いながら登ります。

そしてようやく到着、5・6のコル。
テントが張れそうです。

ぱっと見、なんかすごいリッジを行くように見えますが、普通に歩ける稜線です。
天気は快晴、空は真っ青、テンション上がる!

涸沢カールに投影される北尾根。
涸沢ヒュッテがはるか下に見えます。

そして左手に見えますのが、奥又白池。
井上靖の「氷壁」にも出てくる、クライマーのキャンプ地として利用される場所です。
きゃっきゃ言いながら写真撮りました。
この頃はまだ無邪気に喜んでたなぁ。

それなりに危なげな崖を進みます。
とはいえロープ出してませんから、そんなに大したことはなかったと思われる。

普段とは違う角度から眺める涸沢カール。
天気もいいし、終始ハイテンションな私たち。
そのテンション、いつまで続くかな。

4峰かな?
北尾根はクライミング的には易しいため、世の中にあふれている北尾根のルート攻略は見ないままでここにきております。
この時はまだ、時間に余裕があると信じていました。

安全第一で、早々にロープも出します。
当然、時間がかかります。

こんな感じのピークが次々に現れます。
もうどれが3峰でどれが2峰だか・・・。

そしてこの時点ですでに午後1時半。

やってる感がありますね。
写真を撮る余裕があったのは、この辺まででした。

ピークを越えても越えても次が現れて、だいぶ時間がたった時点で

「あれ・・・?これって3峰・・・?」

と思った瞬間、脳内に流れた「真犯人フラグ」の主題歌。
ああ、日没までに下山できないなとあきらめて、焦らず冷静になろうと腹をくくりました。
急いで下山しなければとか考えだすと、事故やいさかいの元になります。

ようやく山頂、もう18時半です。
一応、記念撮影。
3人で行ったのに、3人で撮ろうという気力もなければ、シャッターを押してくれる人もいません。
メンバーのうち、1名は前穂初登頂。
初めてが北尾根からで、しかも日没間近とかレアでアレですね。

夕焼けがきれいだなぁ。
こんな時間に前穂の山頂から夕焼けを見られるなんて、なかなかありませんよ。

リアルパタゴニアだと思いました。
とってもきれいです。
こんな状況でなければ、しみじみと眺めたいです。
下山してもバスもタクシーもないし、どうしようかなとは思いましたが、これまで色々とひどい目にも遭ってきて対応力も養われているし、悲愴感はありませんでした。

ヘッデンで重太郎新道を下山し、上高地バスターミナルに到着したのはほぼ0時。
ん-、深夜のバスターミナルは新鮮だなぁ。

下山中、釜トンネルの出口までタクシーを呼べないかとアルピコに電話してみたものの、このエリアは夜間の配車はないという。
なんだよ、ナシピコじゃねーかよ、とか言いつつ、じゃあ上高地から沢渡まで歩いたらどのくらいかかるのかGoogle先生に聞いてみたところ、約4時間で行けるとおっしゃいました。
実際には5時間かかり、沢渡に着いたのは朝の5時。
すでにアルピコも動き始めており、駐車場のおっちゃんの目が、

「あいつら、なんでこんな時間にあっちから歩いてきたんだ?」

と言っています。
かくかくしかじか、まるまるうしうしと説明したところ、

「おい、あいつら上高地から歩いてきたんだってよ!」
「ほんとかよwww」

みたいに盛り上がっていました。

朝5時に涸沢ヒュッテを出発し、沢渡駐車場に朝5時に着く。
24時間歩いて実感したのは、とにかく眠いということ。
白線が立ち上がってきて、立体に見えました。

道中、ちょいちょい道端に行き倒れのように転がって仮眠をとりつつ、くだらないことを言う余裕もなかったのですが、終わってしまえばいい思い出。
こういう体験を共有して、楽しい経験に昇華できるということ、それが素晴らしいのです。
この山行は、80歳になっても「あの時はさ~」なんて酒の肴にしていると思いますが、二度とはやりたくないですね。
あと、特に若い人に向けて武勇伝として語るのも、控えたいものです。

念のため申し添えておきますが、このような山行を勧めるものではありません。
バリエーションルートをやる時は、どこまでも自己責任ですし、イレギュラーがあっても対処できることが大前提です。
バカなことやってら、ぐらいの気持ちで見ていただければ幸いです。
バカなことをやるのが、楽しいんです。
真面目は仕事だけにしときゃぁいいんです。