ヤクシ谷からの太郎平小屋

けいこが太郎平小屋にいるらしい

その情報をつかんだ6月、我々は誕生日間近のけいこに貢物を持参するべく、折立から太郎平小屋を目指す計画を立てました。
けいことは、やまとけいこさん、薬師沢小屋の支配人でイラストレーターです。
勝手にファンクラブを結成しています。

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けいこさんの著書。
イラストを交えつつ、山小屋のリアルが、時におかしく時にシリアスに、自然で外連味のない文体でつづられています。
そんなけいこさんが、薬師沢の小屋明け前に太郎平に入っていると知って、突撃お誕生日おめでとうを画策したというわけです。

どの沢から太郎平を目指すか?

しかしわざわざ折立まで出かけて、太郎平まで行って帰るというのもつまらない。
どこか面白いところから入れないか、地形図をいやらしい目で眺めます。

岩井谷・・・は1日で抜けるのは無理がありそう。
ここはここで、いずれじっくり時間をとって遡行したい。

というわけで稜線の西側に視線を移すと、真川に沿って林道らしきものがあり、そこから稜線に向かって「ハゲ谷」と「ヤクシ谷」が伸びています。
遡行記録を検索してみると、ハゲ谷の記録は見当たらず、ヤクシ谷は地味ながらも多少は遡行されている様子。
困難な箇所はなく、1級程度(簡単)ということだけチラ見して、あえて詳細は見ないようにしました。

事前に詳細を知ってしまったら、遡行はただの「確認作業」になってしまいます。
とりあえず大きな危険はなさそうだということだけチェックし、あとは現地での発見を楽しもうと思ったのが、辛い山行の始まりでした。

浮かれていた私を殴ってやりたい

東京から折立へは、車で6時間半ほどかかります。
ここはぜいたくに前泊し、えび寿司で浮かれてやろうという大胆な犯行を計画。

けいこさんの家に遊びに行った日、このお寿司屋さんに連れて行ってもらいました。
えび兄(ご主人)は定休日の水曜に、寿司を差し入れに北アルプスへ走りに行くそうな。
剣御前小屋に泊まった時も、カウンターにえび寿司のチラシが置いてあったので、その界隈では寿司の神様なのでしょう。
人気店なので、行く場合はご予約をおすすめします。

富山の地酒と魚が、美味しくないわけがありません。
次の日も、ピュッと折立へ1時間ちょっと運転して、折立からヤクシ谷出合までは林道が通っているぽいし、楽勝だろう。
そんな軽い気持ちで浮かれていた私を、殴ってやりたい。

消滅した林道

前泊の宿の美味しい朝食(いくら食べ放題!)をたらふく食べて、折立へと向かいます。
登山口の脇から、林道へと入ります。

ここからヤクシ谷出合までは、ラクに林道歩き、とはいきませんでした。

林道は既に緑に埋もれ、大地に飲み込まれようとしていたのです。
地形図はおろか、Googleマップにさえも「道」として記載されているのに・・・。

そこからはひたすらにやぶ漕ぎです。
折立を出発したのが9時半過ぎ。
そこからかすかな踏み跡を探したり、泥壁を登ったり降りたり、いつ終わるともしれない、想定外のやぶ漕ぎ。
ようやくヤクシ谷に着いた時には昼を過ぎ、すでに心はバッキバキにつづら折れていました。
事前に知っていれば、心のダメージは軽かったことでしょう。
かの角幡唯介さんも、地図なし日高山脈登山はあまりにメンタル的に辛くて、うんざりしたと言っていましたし。

また天気もぐずついていて、沢も全然キラキラしていないし、渓相も平凡、全くテンションが上がらず、なんか具合悪くなってきました。
途中、ちょっと滝があったけど、さほど感動的な滝でもなく。

もう、けいこ呼んできて

沢に入ってからも、滝の高巻きはタチの悪い笹ヤブに、強烈に邪魔されます。
チェーンソーで全部刈ってやりたい、なかば殺気立ちながら、

「誰!?こんなとこ来ようって言ったの!?」

とか言ってみたりします。
あ、私でした、すみません。
もちろん冗談です。

そんな感じでどうにか自分を奮い立たせ、ようやく太郎山へと詰めあがります。

きれいな景色のはずが、もう疲れ果ててしまってどうでもいいです。
太郎平小屋でけいこが待っているのに、

「もう、けいこ呼んできて」

とか言い出して、ここで寝るー!とかやりました。
もちろん、冗談です。

う、うんこ谷?

太郎山のピークとか死ぬほどどうでもいいから、早く小屋に着きたい。
なのにルート的にピークを踏むんですよ、これが。
くっそーと思いつつ、ようやく太郎平小屋の脇まで来たところ、裏口があいてそこから薬師如来、いや、けいこさんが顔を出しました。

小屋に着いたのは16時半ごろ。
遅めの到着となりましたが、けいこさんは

「あの人たち、どうせ変なところから上がってくるだろうから」

と、ゆったり構えてくれていたようです。
真川を経由して沢から上がってきたと話したところ、けいこさんの口から驚くべき言葉が発せられました。

「あー、うんこ谷のぼってきたの?」

結論から言えば、それはどうやら「ハゲ谷」のことのようです。
かつて山小屋のトイレが今ほど整備されていなかったころ、その谷にうんこを捨てていたらしいです。
遡行しなくてよかったわ。

平日、天気悪い、6月、三重苦のせいか小屋の中は人もまばら。

おかげでけいこさんとゆっくり飲めました。
お誕生日のささやかなギフト、葉々屋の紅茶をプレゼント。

こちらの黄色い人は、三笑楽を一升瓶で持参!
富山の地酒で、おいしいんですよ!
三人で、ペロッとあけちゃいました。

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翌日は登山道を下るだけなので、心置きなくへべれけになれました。
急ぐ旅でもなし、天気も悪いし、薬師峠をちょろっと散歩して、下山開始します。

有峰湖も見えません。
今日はナシ峰です。

チングルマの可憐な花が、癒してくれます。

ヤクシ谷はやめておけ

終わってみれば、いい山行でした。
やっぱりラクだったりうまくいったりするだけじゃなくて、辛いこと、思うようにいかないことがあるから、トータルで楽しいのだと思います。

でもヤクシ谷はやめておけ。

天気が良かったら、もう少し楽しく遡行できたのかな?という疑問は残るものの、もうあのルートはやらないでしょう。