薬師岳

思い立っての折立

いつも谷底にばかりいるから、たまには高い所へも行きたい。
稜線からの夕焼けや朝日を全身に浴びたい。
そう思いついてからでも折立に行けるという幸せよ。

平日であっても、わずかな空きスペースを探して停めるぐらいの、大人気の折立。
その折立から、今日は身軽に歩き始めます。

9月3日、まだまだ暑く、あっという間に汗が流れ始めました。
まずは太郎平まで4時間弱の道のりを、動物のフンを見て「なんのうんこだろう」とか思いながら、登っていきます。

太郎平はガスっていることが多い印象。
この日もすっきりしない天気でした。

太郎に着いてすぐ、ザックも降ろさぬままに売店に立ち寄り、

「ノンアルのレモンください」

と、間髪入れずに即注文。
ノンアルビールが既に売り切れていることを、私は知っていました。
なぜなら2週間前にも来たばかりだから。

五十嶋さんは、なぜか笑いながら、ノンアルレモンを渡してくれました。
まさか、2週間前にノンアルビールの売り切れに、シクシク泣いていた私のことを覚えていたのでしょうか?

キリっと冷えた飲み物をゲットしたら、次はカレーです。
ふと右を見ると、ソロの男性がビールのロング缶を飲みながらカレーを食べています。
私もビールを飲みたいけど、ここから薬師岳山荘まで2時間ぐらいあるし、飲んだら辛いしなぁと横目で見ていました。

その男性と、ソロの女性との会話が聞こえてきます。

「昨日は天気わるかったでしょー」
「ほんとひどかったですよ!水晶のあたりですごく降られて、凍えそうで、半泣きで登ってました!」

そうか、昨日は残念な天気だったのか、明日は晴れそうだぞしめしめ、と心の中でニヤリとしながらカレーとノンアルレモンを飲みます。
女性は続けてこう言います。

「私、ビールを飲みたいんだけど、一杯は飲みきれないんですよ。初めて会った人にこんなこと言うのも何ですけど、半分飲んでもらえませんか?」
「いやー、僕たった今500ml飲んだばかりなんで、これ以上飲むと帰れませんよー」

なに⁉だったら私が‼
と心の中で勢いよく挙手しつつ、平静を装いましたが、どうやら心の声は漏れてしまったらしく、ご相伴にあずかりました。

一杯の生ビールを分け合う私たちに、別のご婦人が、

「私も何か食べようかしら。このラーメン、どう違うの?」

と話しかけてきました。
1,200円のラーメンと、1400円の行者ニンニク入りの太郎ラーメンがありまして、

「せっかくだから、太郎ラーメンの方がいいわね」

と言って、注文しに行かれましたが、出来上がったラーメンを持ってきてテーブルに着いて、

「やっぱり私、200円節約しちゃいました」

と笑っていました。

太郎平~薬師岳山荘

エネルギーを補充したら、薬師岳山荘までもうひと頑張りです。
いつも薬師沢の方に行ってばかりなので、ここから上は久しぶりだなぁ。

テント場の様子

テント場からはしばらく、沢筋の地形を上がっていきます。
初めて登った時はひどい雨で、川になっていたっけ。

とにかく暑いので、クールダウン。
足から熱を放出できると、かなり楽になります。

こういう稜線、久しぶり!
やっぱりこの山域は、いいなぁ・・・。
途中、ちょっと電波が入るエリアがあったので、グループLINEに写真を送ると、

「さては近いからまた行ってます?」
「くっ~奥多摩感覚!」

と返ってきました。

素敵に縁取りされた池塘。

あと15分という、やさしいウソ。
実際はここから5分程度で小屋です。

お久しぶりの薬師岳山荘。
水はペットボトルで買う(500円)しかなく、手洗いや歯磨きは不自由しますが、お気に入りの小屋のひとつです。

小屋に着いたら、何はなくともまずはコレ。800円也。

そしてひとり宴会の始まりです。
小屋のマスターが変わらぬ笑顔で、「いらっしゃい」と言ってくれます。
予約の電話を受けるときの富山弁が、懐かしい。

本でも読もうと思っていたのに忘れてしまい、携帯の電波も入らなかったので、過去の写真を見ながら振り返る思い出が、酒の肴です。

変な写真もありまして、沢を始めたばかりの頃の、

「こんなに荒れた場所を通るんだ!」

という驚きを込めたものと思われますが、今見ればただの燃料です。

持参した真澄をちびちびやってますと、にぎやかなご婦人がやってきて、

「私、今日、百名山達成しました!」

とスーパーハイテンションです。

小屋のお食事は以前と変わらず、「やくし」オムレツ。
初めて来たときに、ひとりっきりで食べた時のことを思い出します。
あの時は10月上旬のひどい雨の日、寒さに凍えながらずぶぬれでたどり着いたこの小屋で、

「本当に来るとは思いませんでした」

と迎えられ、貸し切りの小屋であたたかいおもてなしを受けました。
忘れられない思い出です。

夕食後は、他のお客さんたちと宴会でしたが、思い出は全て残置してきました。
楽しかったという気持ちだけ、持って帰ります。

そういえば、私が首から下げていたビンディを見て、「それ何?」と尋ねられました。
あまりにコンパクトなので、ヘッデンに見えなかったのでしょう。
軽くてかさばらないのが山の正義、ビンディは大変おすすめです。
防災用品として、枕元に備えておくのもいいですね。

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薬師の稜線へ

薬師岳山荘の朝食は、一斉に5時スタートではなく、ご来光登山をする人に合わせて5時より随時頂けるシステムになっています。
確か6時半までだったかな?
今日は期待通り、よい天気のよう!

いいお天気で、遠くには槍の穂先も見えます。

トウヤクリンドウが咲いています。
もう秋だなぁ、夏が終わるのがさみしい。

雲海を見るのも久々です。

薬師如来に登山の安全を祈ります。
思えば各地の神社仏閣に行くたびに、

「仲間が大きなケガをしたり、死んだりすることなく、末永く楽しく山や沢をやれますように」

と祈ってきたのですが、その祈りは通じなかったなぁ・・・。

山頂から五色ヶ原方面へと美しく延びる稜線の向こうに、剱岳の姿も見えます。
いつかゆっくりと時間がとれたら、この縦走路をずーっと歩きたい。

イヤだけど下山

昨日歩いてきた折立からの登山道が一望できます。
いやー、長い!
これからまた、あの道を延々と歩いて下山です。

あと、山頂付近の斜面を、熊がうろついていました。
ここ数年、熊と人間の距離感がおかしいですね。

朝露が輝くチングルマの綿毛。
こんなのが庭に咲いてたら素敵ですが、長時間をかけて歩いてきた人だけが逢える花というのも、またいいものです。

太郎平小屋が見えてきました。
すっきりと晴れた太郎がすがすがしい。

あんなに遥か遠くに見える稜線上に、ついさっきまでいたなんて、人間の足も結構やるものです。
期待通りに晴れてくれた薬師岳を、仲間に報告。

「ご馳走様でした。晴れてる薬師岳、行ってみたいものです」
「そんなにご縁がないのですね(驚)」
「昔はよく笑ってくれたんですが、今ではめっきり。ご縁と言うか、相性なんでしょうね。一回泣いてきます。」

時は朝の8時半。
こんなに素晴らしい天気の太郎から、さっさと帰るなんてできるはずがありません。
とりあえずビール買っちゃえ。

「朝から元気つけるの~?」

と、五十嶋さんが笑ってビールを渡してくれます。
北アルプスの陽光を全身に浴びながら、帰りたくないなと1億回はつぶやきました。

30分もすると、薬師はすっかりガスの中。
薬師如来は照れ屋という、もっぱらの噂です。
仕方ない、帰るか。

あの谷間に、あの美しい岩井谷が流れているんだよなと、思い出を振り返りつつ下山。
あの沢、もう一度行きたい。

キベリタテハがすぐ近くにとまってくれました。
このぐらいの距離から見るときれいな蝶だなと思いますが、本当に至近距離から見ると、なかなか毛深くてちょっと気持ち悪い。

下山中、ありんこが、自分より大きいぐらいのクモの死がいを運んでいるのを見かけました。
どこまで運ぶのか気になり、しばらく観察することにします。

重そうに、そして懸命に運ぶ、健気なその姿。
口でクモをくわえながら、後ろ向きに歩いて行きますが、後ろ向きということは、触覚で行先を確認できないのではないでしょうか?

案の定、クモを離すと周囲を伺うようにウロウロし始める様子は、
「あれ?こっちだっけ?」
と言っているように見えます。
結局クモのことは忘れてしまったように、どこかへ行ってしまいました。

ありんこのワンシーンを観察しながら、
「今私が気まぐれを起こせば、この命は簡単に消してしまうことが出来るんだよな。ありんこはそんなことを知る由もなく、一生懸命働いているな。」
と思うと同時に、人間も似たようなものかもしれない、と思います。

神や運命の気まぐれで、一瞬で消えてしまうような儚い命。
そんな儚い命であれば、余計なことにとらわれずに、自らの思うように生きていきたい。

そう思いながら折立を後にし、あーお腹空いた、カレー食べたいと和仁の蔵に行ってみれば定休日。
ぐはっ!水曜定休を忘れてた!
というズッコケで終わりましたが、ひとりでのんびりと癒しの登山道を歩くというのも楽しいなと思った、充実の二日間でした。